Liberty 55

一般大衆による政治考察
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | | - | - | -
自由主義と個人主義の重要性
 ここのところ「新自由主義は終わった」などというセリフがよく聞かれる。
これはあくまでも目指すべき政治スタイルという存在があることを前提にした発想だ。
私が捉える自由主義や個人主義とは、あくまでも個人と社会との向き合い方への性質や特徴を表しているものだ。

政治や哲学などについて大変に深く学んでいる方々にとって、それは終わったのかもしれない。しかし現実は、個々の中に育った社会観(政治との付き合い方)は十分に自由主義であり、個人主義だ。それはつまり、法を犯さない限り個人の自由や勝手や個性が認められることを当たり前のように感じられる社会のことを言っている。

その上で主張したいのは、自由主義という括り方と同等に個人主義を考えなければならないということ。特に私たち日本人は、実は個人主義にあまり慣れていないというか、多くの矛盾を抱えているように感じる。個性が認められるようになったのはつい最近のことだ。

個人主義という傾向は、社会に対して個々が為すべき事を為していかなければ、望ましくない社会が到来してしまう性質がある。ひとりひとりが社会政治に対して考え、そして行動しなければならないということだ。しかし、私たちは依然として、自分ひとりのチカラがその様な大規模なことに影響しているとは考えていない。そしてこの性質は、日本の場合良い面も含んでいるように感じる。私たちは、誰かに任せたり信頼したり信任したりすることを平気でする。この部分が、今後の社会政治の形を模索する上で最重要ポイントだと私は考えている。
そしてこのことは、以前に書いた『私が信じる社会』での「見張り且つ信じること」や性善的-性悪的に係っている。

グローバルな世の中になっていく以上、個々の性悪化は自然な流れであり、それに合わせた社会政治の秩序とは、個々への要求と法整備に係ってくる。しかし、私たちの良い部分とは、信任制(性善的段取り)に係っているし、かつての人間性(日本人らしさ)もそれを後押ししている。
信任制的政治スタイルであれば、誰かに一任することとそれを見えるようにしておく形を基本設計にするのが望ましく、性悪制(?)では現在加速している段取りが望ましいことになる。それは既に現在進行形であるから、当然その流れに即した方法が採用されるベキではあるだろう。
しかしそれには、個人主義と正面から向き合う段取りを経なければ、大きな過ちを犯すことになりかねず、その論点に焦点を合わせるためにも、このような「社会を切り取る軸」が必要であるだろう。
それをせずにこのまま突入していく場合、再度性善制への揺り戻しが起こることは明白であり、しかも人間性は変化していっているから、相変わらずそれもうまくいかないことになってしまう。

’い擦-合わせる-従う という姿勢をベースにした形
∨\鞍と厳守-その枠組み内での自由と責任 という姿勢をベースにした形

現代の人間性劣化(とハッキリ言おう)による流れでは、△暴召錣兇襪鯑世覆ぁ
ここでポイントとなるのは、“見張る”というセクション。,任發修譴麓存修気譴討い襪掘⊇斗廚壁分だ。それは、任されている以上実質見張られていることと同じだということ。△両豺隋各個人がそれぞれ為さなければならない以上、総監視が望ましいのだろうか...。

自由主義陣営の主張では、性悪制は結局非効率な上に生きづらいという見解を示している。しかし、それに伴う社会秩序の形は相反している。
性悪的性質の獲得とは、グローバル化に係っていることであり、さらに絞ると安定社会かどうかに係っている。

そのことに対する議論が深まれば(=理解が深まれば)、折衷したより良い形も見えてくるだろう。
| 55政党 | 人間性 | 01:01 | comments(30) | trackbacks(0) | -
他人の姿からなら学べる
多くの人が、「自分は正しく、他人が間違っている。」と認識している層は広まっている。そしてその判断基準が『論理的性』に係るウェートが高くなっている。また、個人をその様に判断する原資を『能力』として捉える傾向も顕著だ。

現実の世界とは、思っている以上に論理的には展開されていない。そして、各個人の社会への働きかけや関係性が当人の能力による成果である部分は非常に少ない。 

つまり、多くの人は現実どころか自身を見誤っている。
ところが、それをもし論理的に否定できたところで、それを当人は吸収できないところが、なお一層の深刻な部分であろう。


ここまでの内容で否定される部分はほとんど無いハズだ。多くの人はそれを認めなければならない。そしてこの中で一番重要な部分とは、当人が修正出来ないところにある。
そこを工夫をして取り組んでいこうという提案が今回の主旨だ。

それは、自分自身に係ることではなく、他人の姿からならいくらか素直に吸収することが出来るという部分。
今現在、それをするのに格好の教材がある。
それは『中国』だ。
「中国は脅威だ!」「中国人はロクなことをしない!」などと一方的に批難するのでは一向に進歩が無い。

中国とは、共産党独裁政権であり、官僚のワイロ天国であり、社会主義と資本主義が融合する非常に変わった国家である。さらに、中国人の多くは、日本で言う『道徳』という感覚が恐らく“何を言っているのかすらわからない”程に理解出来ない。

それらについて真剣に考察していくことは、今後の中国への理解という副産物的メリットを含め今の日本自身にとって大変に有意義なことであるに違いない。
| 55政党 | 人間性 | 13:02 | comments(0) | trackbacks(0) | -
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>

このページの先頭へ